本多富正が1601年に武生の地に入府し、来年で400年を迎えようとしています。富正は、大坂城一番乗りを果たした勇猛果敢な戦国武将として有名ですが、武生に住む私たちにとって、富正が武生に施した政治・経済・文化の面における領地の経営者としての手腕にこそ注目したいところです。北陸道の喉元を抑え、街道を整え町用水を引いて現在も続く街区の基本骨格を定め、近郷近在から寺院を移住させ、商人を集め、職人を集め、こうして、人の集まる、金の集まる武生藩繁栄システムの基礎をつくりました。
  
 ひるがえって今の日本を見ると、第二次世界大戦後50年経ち、不動と思われた社会経済システムが疲弊し、急激なIT革命をはじめとする世界のダイナミックな動きについていけなくなってきています。武生においても従来の社会・行政・経済システムでは次の21世紀を乗り越えられないのは明々白々となり、循環型社会・住民参加・情報公開制度などといった新しい考え方が打ち出されてきています。それでもまだ足りません。もっと深く時代と世界を読み、もっと大胆でダイナミックな新システムをこの武生に樹立しないと、21世紀には生き残れないと断言できます。

 時あたかも地方分権が叫ばれています。明治維新の廃藩置県という中央集権とは逆の「廃県置藩」の時代であり、これはまさに武生藩を創設した本多富正の生きた時代と重なります。今、本多富正をテーマに深く武生について考え、それを基にして21世紀の武生の繁栄システムを構築していくことは、意義有ることと思います。ただ400年前と現在では大きな違いがあります。400年前は本多富正という領主がイニシアチブを取って藩を創設しましたが、現在はこの武生に住む市民自らが町づくりの本質を論究し、さらに産業・経済の発展や、教育・都市計画などを点検し、真に豊かな活力ある武生の基盤作りをしなければなりません。その過程で、市民が町を見直す機会を持ち、今まで気づかなかった町の魅力に気づき、町の将来を真剣に考えることで、町の担い手としての自覚と責任が芽生えると考えます。本多富正入府400年記念事業は、このような次代をにらんだ「町の仕掛け」をつくる先導的事業となります。

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