蔵の辻地区の発掘調査


 蔵の辻地区では、その整備に先立ち、平成10年10月から翌平成12年5月にかけて「府中城跡D地点」の名称で、武生市教育委員会によって発掘調査が実施されました。中・近世の遺跡からは住居跡や井戸や池状遺構が見つかりました。

 調査は、第1次から第3次まで実施されました。第1次調査の結果、江戸時代の武家屋敷に関連すると考えられる土壙24基、柱穴48本・溝2条・井戸1基が検出されました。一部分ですが、これらの近世遺構の下層からは律令期の溝が確認され、そこから須恵器5点が出土し、中には判読は不可能でしたが墨書土器も1点含まれていました。

▲ 墨 書 土 器 (須恵器)
 
 
 石製品では、笏谷石製のあんかであるバンドコが出土しています。ノミによる加工痕がみられ、器面には煤が付着していました。     バンドコとは (朝倉の暮らし バンドコ へ)   硯も2点出土しました。下図右側の硯は裏面も加工され、墨痕が残っていました。
 
 ▲ バンドコ                     ▲ 硯(すずり)
 
 
  箸も数多く出土しました。
▲ 箸
 
  古銭が5枚出土しました。「永楽通寶」、「祥符元寶」、「天聖元寶」、「元祐通寶」、「景徳元寶」です。
▲ 古 銭
  第3次調査では、柱穴・土壙・池状遺構が確認されましたが、これらは中・近世に建ち並んでいたこの付近の武家屋敷の遺構と考えられます。主な出土品としては、土師質土器が重なりあって発見されました。
  池状遺構からは、30〜50pの大礫が多数出土しましたが、大礫に混じって石臼片も積まれていました。
  多数の陶磁器片の中に、外面から内面口縁下まで施釉された茶入れがありました。室町時代から江戸時代にかけて越前府中では茶が流行していました。有名な九十九茄子の茶入れも、府中の小袖屋山本久成が一時所持していたと記録に残っていますが、その小袖屋はこの地点からそう遠くない場所にあったと思われます。この茶入れを発掘したとき、まわりにいた人たちでこれを九十九胡瓜と名付けようと冗談を言っていました。
詳しくは、教育委員会発行の報告書を参照して下さい。